金の国ジパングの砂金産地 日本で砂金が発見されたのは 現在の宮城県の涌谷町や栃木県の馬頭町(現・那珂川町)で、 今から1250年ほど前と言われている。 それまで「金」は日本では採れないとされていたようで 全て輸入だったらしい。 発見された当時、聖武天皇が造営中の「東大寺の大仏」の 鍍金(ときん)用に献上され、この産金を機に 年号を天平から天平感宝に改められたという。 以来、日本各所で、砂金がたくさん掘られ、 続いて、山金(鉱山産出の金)も産出されるようになる。 「中尊寺・金色堂」で有名な平泉の藤原氏の繁栄などは みちのくの金があったからと言われている。 当時の黄金文化の噂はもとより 遣唐使の貢ぎ物、銅銭の輸入や経典購入などで 大陸に渡った砂金も膨大だったために、 遠くヨーロッパまで「金の国Zipangu」の名が広まったと 「マルコ・ポーロ」君に聞きました。 宮城県涌谷町周辺の砂金産地の一カ所。 川底に岩盤はあるが、ほとんどがこんな用水路。 いくら渇水期とはいっても…細い!。本気で掘ったら問題。 大昔には、田圃の底も一度は浚ったことだろう。 栃木県馬頭(現・那珂川町)の砂金産地・武茂川。 流域には岩盤もあるが、さしたる特徴もない普通の川。 しかし、栃木・茨城・福島にまたがる八溝山周辺のエリアは 古来からの砂金産地として有名で、金山跡もたくさんある。 【番外編】秀衡の時代に盛んに掘られた金山跡が 岩手県湯田町周辺に数カ所、ほぼそのまま残っている。 (写真は鷲の巣金山跡) 蜂の巣のような掘り跡(上の黒い岩肌に残る無数の穴)は 秀衡掘りと呼ばれている。 日本各地に砂金で有名になった川はありますが 静岡の安倍川流域などは、砂金が豊富に採れたので、 「きな粉」を「砂金」に見立てて、 皆さんご存じの「安倍川餅」という名物が 生まれたといいます。 他にも砂金で有名な川はたくさんありますが、 それ以外の川は、採れないのじゃなくて 金の値打ちが高かった当時でも採算が合わないか、 あるいは 他の産業で十分生活できたということでしょう。 実際、生活のための労働なら、 砂金を掘るより 山の木を切ったり、炭を焼いたりしたほうが よっぽど楽で、将来性もあったはずだし 産業としても重要なはずだよね。 金は、錆びたり腐ったりしないから、 その昔に採り残した物はもちろん、 何十万年だって変質せずに まだまだ川底や地中に眠っているはず。 そして、雨や洪水の度に、 周辺の土中からも少しずつ、 近所の川にも流れ込んでいるだろう。 実際に、身近なところでは、 東京の多摩川でも秋川でも砂金は採れるし、 相模川でも荒川でも採れるから 結構身近な趣味として、おすすめです。 ただし、日本の川のほとんどは 国土交通省の管轄だと思うが、 重機などを使って本格的に掘るには 鉱業法に従って、試掘権や採掘権を経済産業省に 申請したり鉱区税を都道府県に支払ったりと 大変な手続きが必要らしい。 もちろん、都市近郊の川は、 河川法や漁業権、公害紛争等の関係で 許可にはならないはずだし、 現在、鉱区を設定している所は少ないと思う。 (北海道の川の多くは現在も設定されているらしい) 河原の小石を数個だけ家に持ち帰っても たいして問題にはならないが、 (国立公園やヒスイの保護地域等はダメ!) 川にトラックや重機を持ち込んだら 問題になるのと同じで、 釣り人やカヌーの人など、他のレジャーの人達や 周辺の住民に迷惑をかけない程度にして、 出来るだけ謙虚に遊ばせてもらいましょう。 まして、パンニング皿の料金分は採ろうとか、 現地までの高速料金分は採ろうなんて無謀な事は 考えないように! 川の砂から、天然物の「黄金」が顔を出す。 その喜びだけで、十分と心得ましょう! 砂金の目次へ 戻る